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不道徳かつ地獄的なパラノイア

このブログは、自称作家の登美ケ丘依介がダラダラと低俗で矮小かつ下世話な事を語るブログである。

個人としての領土は、限りなく不可侵化する

『僕の全てを君に捧げよう。』

暗い部屋に一筋の光が伸び、その光がスクリーンに当たると、映像が映し出される。

考えてみればすごく不思議なことだと思う。何故光が当たると、映像が流れるのだろう。

子供の頃、映画館のスクリーンに向かって伸びる光に向かって手を伸ばした事がある。

伸ばした手が届くことはなかったが、それでも手を伸ばして触れようとしていた。

『えぇ私もあなたに全てを捧げるわ...』

もしかしたら、僕はあの光に触れればスクリーンの中に飛んでいって、劇中の愛を囁き合うカップルに会うことができると思ったからかもしれない。




最近アホなカップルが増えた。年齢は関係ない。老若男女問わず、アホだ。



所構わずちゅっこらちゅっこらイチャこいて、薄暗くなった井の頭公園の片隅でごにょごにょに興じる。



恥はないのか?

親の顔は浮かばないのか?


1000年前の先祖の霊を背後に感じないのか?


恐らく外を歩けばゴミ箱よりイチャップルを見る機会の方が多いだろう。

多少なりとも嫉妬が入っていることは認めるが、それにしてもアホである。

アホといっても種類はある。


代表的な例として、愛すべきアホ、と言う表現をよくみるがそれはあくまでも憎めない人間を指して使われるものであって、決してアホだからのべつまくなし愛せるのではない。



この記事で言うところのアホは、決して愛せないアホだ。


ヒロイズムを撒き散らすカップルはタチが悪い。


こんなことがあった。



朝の電車。通勤ラッシュの時間帯は皆一様に気が立っている。これから向かう仕事への憂鬱と真夏の湿気で電車の不快指数は、ぐんぐん上がっている。

そんな中、電車に乗り込むと窮屈な車内であるにもかかわらず涼しげな顔をした女性がいた。

都心のラッシュはいるだけでストレスがたまるのに、何故彼女は事もあろうに涼しげな表情で佇んでいるのか。

答えは簡単だ。その側には、大きな男が女を守らんと奮闘しているからだ。

押しも押されもせぬといった表情で女性を外敵から守る彼は、さながらジョジョの奇妙な冒険のスタンドである。



ドドドドという擬音が相当良く似合う恰幅のいい男性は、下の中くらいの女性をドドドドと守っていた。


何より特筆すべきはその男性の顔。




我、死ヲ以テ君ヲ守ラントス







そんな平成の都心を走る電車の中とは思えない、野武士のような顔をして仁王立ちしていた彼をみて読者各位はどう思うだろうか。

僕は失禁脱糞を繰り返した。


まだ、平成に野武士が生きていたのだ。


これを、畏怖と呼ばずしてなんと呼ぼうか。


もう、いぶし銀なヒロイズムなど根本から腐り落ちて誰も武士魂を持ち合わせていないと思っていたのに。


僕は確かに、そのヒロイズムに武士を見たのだ。





なんて言うとでも思ったか。




賞味期限の切れたヒロイズムを、目の前でまざまざ見せつけるのはやめていただきたいものだ。