不道徳かつ地獄的なパラノイア

自称作家が何の根拠もない嘘八百を語るブログ

今なにしてる?その問いかけに私は口を噤む。

まずは自己紹介をしようと思う。

 

私の名前は、登美ケ丘 依介

 

職業は自称作家だ。

 

自称作家など、全人類、いや、地球上に住まう生きとし生けるものの中でもワースト3に入るレベルの生命体だ。

 

事の始まりは、21世紀最初の夜に枕元に立った小説の神様から「作家って言ってると、フリーターでも気持ち楽だよ。」というありがたいご神託を賜った事だった。その時から私は、作家を自称している。

 

休日は、家でステップダンスの練習をする夢を見ながらひたすらヨダレを垂らす都内随一の枕汚しとしてその界隈では有名である。

 

元々、Facebookで気が向いた時に日常考察コラムを綴っていたが、隅田川花火大会の晩にこれまた枕元に立っ隅田川花火大会の神様から「ブログやってるって、話題に事欠かないよ?」とありがたいご神託を賜り、ブログへと移行した。

 

よって、しばらくFacebookに書いていたことをブログ用に推敲し直した選りすぐりの記事をお届けしようと思う。

 

だが、その前に一つ。

 

此処まで読んだ勘のいい読者各位には既に理解されているだろうが、私は精神のどっかしらが大事故を起こしている。枕元に2度も神様が立つことなど本来ありえないが、僕はその神託を信じている。

 

恐らく、今精神病院にヘコヘコ行ったら厳重に隔離された後、週3日の食事だけ与えられて社会からじんわり消えるのを待たれる。

 

だが私はそんな圧力には屈しない。週3回の食事で痩せた体に鞭打って鍛えるだろう。そして私は私を押さえつける圧力を叩きのめすのだ。そしてなんやかんやで宇宙帝王になり股のゆるい女をはべらすのであった。

 

漫画家さん是非漫画化してください。連絡待ってますよ。

 

それよりも。

 

Facebookである。Twitterである。

 

どちらもやっている私は社会に対する不満や純度の高いネガティブ成分を吐き出すべくSNSを活用している。それがストレスの捌け口になり、かつ不愉快な人間に攻撃することができる合理性を持ち合わせるからだ。

 

社会に適合出来ない私がソーシャルでネットワークなサービスであるSNSを使っているというジョークは、丸めてポイしてもらって構わない。

 

そういうわけで、呟く。今日も呟いたし明日も呟くだろう。明後日は未定だ。毎日毎日そう面白いことが起きるわけではないし、毎日毎日喜怒哀楽がバグったりする事もないからだ。

 

 

 

しかし、しかしだ。呟くたび、すごく不可解だなと感じる事がある。

 

「今なにしてる?」

 

ってなんだ?

 

と。

 

「今なにしてる?」は読者もご存知の通りSNSでおなじみの文句だ。文字を入力する前に現れるアレである。

 

私はアレの魔力を感じ取ることがなんとかできた幸運な男の一人だ。

 

「今なにしてる?」を見るたび

 

「私は今、何をしているんだろう」

 

と、今日見たドラスティックすぎるファッションをこき下ろそうとした指が止まった。

 

今なにしてる?という問いかけに正直に答えるなら

 

「私はiPhoneを触っている」

 

だ。SNSを開いているということはつまりそういうことだからである。

 

でもそれが答えになっていないということはわかってる。問題の揚げ足をとったただの屁理屈だ。そこまで私も野暮じゃない。だからこうやって疑問を文章にしているわけだし。

 

ただ、今というのはいつなんだろうと思うのだ。

 

「今なにしてる?」と言われている間にも「今」は刻々と変わっていく。そしてその今は過去になり膨大な過去の中の一欠片として機能を終えていくわけだが、果たして私はこの瞬間に何をしているんだろう。

 

あれ?

 

僕は、一瞬一瞬を大事に生きているか?

 

拍手。

 

スタンディングオベーション

 

「今なにしてる?」とは

 

スピードが重視されすぎたあまり1秒が軽んじられたこの冷え切った現代社会に対する問題定義だったのだ。

 

この一瞬をどう生きるかという当たり前に見えて誰にも答えられないこの究極の問題を叩きつけたのだ。

 

我々は一瞬一瞬を輝きながら、煌きながら生きているのか?

 

ボーッとしている暇はあるのか?何か自分出来ることはないのか?

 

号泣

 

嗚咽

 

この意味を知ったものだけに訪れる暖かい涙が訪れる。

 

そんなにも短い言葉に感情を動かされてしまうことがかつてあっただろうか。

 

「今なにしてる?」

 

私は、これから自信を持って答える。

 

「今を、しているよ」

 

と.....。